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盛岡地方裁判所 昭和37年(わ)26号 判決 1966年7月22日

判 決 書 目 録

一、前 文

一、主 文

一、理 由

甲、事実関係

第一、本件の背景及び事件発生に至るまでの経過

一、岩手県における昭和三十六年度全国中学校一斉学力調査(以下「本件学力調査」という。)実施の経過

二、岩手県教員組合(以下「岩教組」という。)の組織及び運営

三、岩教組の本件学力調査反対闘争の経過

(一) 昭和三十六年五月から第三回中央委員会開催までの経過

(二) 第三回中央委員会の状況

(三) 指令第六号、指示第七号を発するに至るまでの経過

第二、罪となるべき事実

一、被告人七名関係

二、被告人千葉直関係

三、被告人熊谷晟関係

四、被告人岩淵臧関係

五、被告人柏朔司関係

乙、証拠の標目<略>

丙、被告人及び弁護人らの公訴棄却の申立に対する判断<略>

丁、被告人及び弁護人らの独張に対する判断

第一、本件学力調査が憲法第二十六条、第二十三条、教育基本法第十条、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)第五十四条第二項に違反して、違法であるとの主張について、

一、教育行政権の行使の限界(教育権との関係)について、

(一) 教育権の独立の否定

(二) 教育基本法第十条第一項

(三) 同法第十条第二項

二、本件学力調査の適法性について、

(一) 手続上の問題について、

(二) 実質上の問題について、

三、結  び

第二、地方公務員法(以下「地公法」という。)第三十七条第一項、第六十一条第四号の各規定が憲法に違反するとの主張について、

一、地公法第三十七条第一項、第六十一条第四号と憲法第二十八条との関係

(一) 地公法第三十七条第一項と憲法第二十八条との関係

(二) 地公法第六十一条第四号と憲法第二十八条との関係

二、地公法第六十一条第四号と憲法第二十一条との関係

三、地公法第六十一条第四号と憲法第十八条との関係

四、地公法第六十一条第四号と憲法第三十一条との関係

五、地公法第三十七条第一項、第六十一条第四号と憲法第九十八条第二項との関係

(一) ILO第八十七号条約との関係

(二) ILO第百五号条約との関係

第三、教職員が共同して、休暇を請求し、職場を離脱して、措置要求大会に参加し、かつ、その後は、正常授業を行い、本件学力調査の実施を阻止すべきものとされた本件行動(以下「本件統一行動」という。)が地公法第三十七条第一項前段に規定する争議行為に該当しないとの主張について<略>

第四、被告人らの本件所為が地公法第六十一条第四号に規定する争議行為の遂行を「あおり」または「そそのかす」行為に該当しないとの主張について、

一、「あおり」または「そそのかす」の概念

二、地公法第六十一条第四号の争議行為の遂行を「あおり」または「そそのかし」た者の意義

三、被告人らの本件所為の地公法第六十一条第四号への該当性

(一) 被告人らの本件指令第六号、指示第七号の発出伝達及びその趣旨の伝達行為について、

(二) 被告人千葉直、同熊谷晟、同岩淵臧の本件指令第六号、指示第七号の発出伝達及びその趣旨の伝達行為を除くその余の行為について、

第五、被告人らの本件所為が超法規的違法性阻却事由に該当し、刑法上正当な行為であるとの主張について<略>

第六、道路交通法第七十六条第四項第二号、第百二十条第一項第九号の各規定が憲法第三十一条に違反するとの主張について<略>

戍、法令の適用及び情状

第一、法令の適用

第二、情   状

一、本件学力調査の必要性について、

二、岩教組の態度について、

三、県教委の態度について、

四、結   び

主文

被告人小川仁一を懲役一年に、

被告人千葉樹寿を懲役十月に、

被告人千葉直、同佐藤啓二、同熊谷晟、同岩淵臧を各懲役八月に、

被告人柏朔司を懲役八月及び罰金一万円に

各処する。

ただし、被告人七名に対し本裁判確定の日から二年間、右各懲役刑の執行を猶予する。

被告人柏朔司において、右の罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は、全部被告人七名の連帯負担とする。

理由

甲、事実関係

第一、本件の背景及び事件発生に至るまでの経過

一、岩手県における昭和三十六年度全国中学校一斉学力調査(以下「本件学力調査」という。)実施の経過

すでに、昭和三十一年から、全国の中学校全体の四ないし五パーセントに関し、毎年、最高学年の二、三の教材について、抽出学力調査が行われて来たところ、文部省は、昭和三十六年度に至り、全国の中学校の第二、第三学年について、五教科に関し、悉皆(全国一斉)学力調査を実施することとし、同年四月二十六日、「昭和三十六年度国中学校一斉学力調査実施要綱」を発表し、次いで、文部大臣は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)第五十四条第二項に基き、文部大臣の補佐機関として、その命を受けた文部省初等中等教育局長内藤誉三郎、同省調査局長田中彰名義で、各都道府県教育委員会教育長、知事及び国立大学長に対し、「昭和三十六年度全国中学校一斉学力調査実施について」と題する同月二十七日付文書(右調査実施要綱添付)を通達して、右実施要綱による調査の実施と調査の報告の提出を求めた。

右実施要綱によれば、(1)本件学力調査の目的として、挙げているのは、(イ)文部省及び教育委員会においては、教育課程に関する諸施策の樹立及び学習指導の改善に役立たせる資料とすること、(ロ)中学校においては、自校の学習の到達度を、全国的な水準との比較においてみることにより、その長短を知り、生徒の学習の指導とその向上に役立たせる資料とすること、(ハ)文部省及び教育委員会においては、学習の到達度と教育的諸条件との相関関係を明らかにし、学習の改善に役立つ教育条件を整備する資料とすること、(ニ)文部省及び教育委員会においては、能力がありながら、経済的理由などから、その進学が妨げられている生徒あるいは心身の発達が遅れ、平常の学習に不都合を感じている生徒などの数を把握し、育英、特殊教育施設などの拡充強化に役立てる等今後の教育施策を行うための資料とすることなどであり、(2)調査の対象は、公立、私立及び国立中学校の第二学年及び第三学年の全国生徒約四百四十七万人とし、(3)調査する教材は、国語、社会、数学、理科、英語の五教科とし、(4)調査の実施期日は、同年十月二十六日午前九時から午後三時までの間とし、一教科について、各五十分とし、(5)調査問題は、文部省において、問題作成委員会を設けて、教科別に作成し、問題は、ぺーパー客観テストの方式により、特別の準備を要しない平易なものとし、(6)調査の系統は、都道府県教育委員会は、当該都道府県内の学力調査の全般的な管理運営に当たり、市町村教育委員会は、当該市町村の公立中学校の学力調査を実施するが、右実施のため、原則として、管内の各中学校長、教員を当該学校のテスト責任者、テスト補助員に命じ、教育委員会事務局職員などをテスト立会人として、派遣し、都道府県知事は、私立中学校について、国立大学長は、附属中学校について、いずれも、右に準じて、措置することとし、(7)調査結果の整理集計は、原則として、市町村立学校については、市町村教育委員会が、都道府県立学校については、都道府県教育委員会が行い、(8)なお、調査結果の利用については、生徒指導要録の標準検査の記録欄に調査結果の換算点を記録するというのである。

しかして、岩手県教育委員会(以下「県教委」という。)は、同年四月二十七日頃、文部省から、本件学力調査結果の報告を求められたので、地教行法第五十四条第二項に基き、県教委教育長赤堀正雄の専決的補助執行として、その名義で、各市町村教育委員会(以下「地教委」という。)に対し、「昭和三十六年度全国中学校一斉学力調査について」と題する同年五月六日付文書を通達して、右学力調査の実施とその結果の報告を求めた外、その後、数次にわたり、各地教委教育長に対し、右学力調査の実施に必要な事務処理などについて、示達をした。

次に、各地教委は、同年五月六日頃、県教委から、本件学力調査結果の報告を求められたので、これを地教行法第二十三条第一号、第五号、第十七号に関する事務として、同法第四十三条第一項、第二項の監督権に基き、それぞれ、各地教委教育長の専決的補助執行として、その頃から同年十月にわたり、その名義で、所管の中学校長に対し、「全国中学校一斉学力調査の実施について(通達)」などと題する文書をもつて、右各中学校長を当該学校のテスト責任者に任命し、校務として、右学力調査を実施することを命じ、テスト補助員の任命権を委任する外、文書をもつて、同年十月二十六日の教育指導計画の変更を指示し、また、各地教委事務局職員などをテスト立会人またはテスト補充員に任命または委嘱した。そして、岩手県下の三百二十八校の公立中学校長の大多数は、その頃から同年十月二十六日までの間に、同年十月二十六日の教育指導計画を変更し、口頭または文書で、当該学校の教職員をテスト補助員に任命し、同日には校務として、右学力調査を実施することを命じた。したがつて、右中学校長及び教職員は、地方公務員法(以下「地公法」という。)第三十二条及び地教行法第四十三条第二項の職務命令として、各地教委事務局職員は、地公法第三十二条及び地教行法第十九条第五項の職務命令として、いずれも、右学力調査事務に従事すべきものとされたのである。

ところで、後述するとおり、岩手県教員組合(以下「岩教組」という。)は、本件学力調査に反対し、その実施を阻止する闘争を開始したが、これに対し、県教委は、同年九月中旬から同年十月二十四日頃までの間、各地教委教育長及び各中学校長に対し、右学力調査の実施に関する各種示達をして、その必要性を周知させ、また、同年九月二十七日、盛岡市医師会館で開催された県下市町村教育長会議において、各地教委教育長に対し、右実施要綱に基いて、右学力調査実施計画を立てることを指示し、さらに、同年十月十四日及び同月二十一日の二回にわたり、それぞれ、同市杜陵高等学校で開催された県下市町村教育長会議において、右反対闘争に対処して、右学力調査を実施する方策、右学力調査実施についての問題点について、協議した。また、中学校長は、その殆んどが岩教組に加入していたため、右学力調査実施についての態度決定に苦慮し、各地区で校長の集会を開いて、協議したが、いずれも、結論をみるに至らなかつたところ、岩手県下の小、中学校長により、構成される岩手県小中学校長協議会(以下「校長会」という。)は、同年十月十二、十三日の両日にわたり、宮古市同市立宮古小学校で開催された評議員会において、「テスト実施の際の紛争や混乱を防止するため、校長は、最善の努力をする。」旨の申合せをし、次いで、同月二十日、盛岡市岩手教育会館で開催された評議員会においても、右申合せを再確認すると共に、「事態拾収のため、最善の力を尽くすこと、事態が最悪の場合においても、校長としての職務を堅持する。」旨の申合せをし、さらに、同月二十一日、岩手県PTA連合会に対し、岩教組との話いのあつせんを依頼した結果、県教委、岩教組、県PTA連合会、地教委、県教委事務局(教育庁ともいう。)の五者の代表による会談(いわゆる五者会談)が行われ、最終的には、同月二十三日から同月二十四日にわたり、県教委と岩教組との話合いが行われたが、遂に、決裂したので、同月二十四日、校長会評議員会において、「テスト実施について、校長は、テスト責任者の立場をとる。」旨の結論に達した。

なお、県教委は、後述のような岩教組の休暇闘争体制に対処するため、各地教委教育長に対し、「教職員の服務について」と題する同年十月二十一日付文書をもつて、本件学力調査の実施については、教職員の服務を厳正にするように要請し、また、各地教委は、その頃から同月二十五日までの間、所管の中学校長に対し、右同様の文書をもつて、教職員の服務を厳正にするように要請した。

二、岩教組の組織及び運営

岩教組は、昭和三十三年六月十七日施行の岩教組規約によれば、組合員の経済的、政治的、社会的地位の向上を図り、教育と社会の民主的建設に当たることを目的とし、岩手県内に勤務する教職員をもつて、組織された単一体の組合であり、現実の組合の運営は、右規約によつて、なされて来ているもので、昭和三十六年十月当時、約一万一千名の組合員をもつて、組織されていた。しかして、岩教組が昭和二十七年十一月二十二日、岩手県人事委員会に登録した規約によれば、岩教組は、岩手県下の市町村単位の教職員組合(いわゆる単位団体)の連合体として、規定されているが、実際上は、終始、単一体として、運営されており、他の都道府県教職員組合と共に、連合体である日本教職員組合(以下「日教組」という。)を組織している。

岩教組には、決議機関として、大会、中央委員会があり、執行機関として、中央執行委員会が設けられている。大会は、最高の決議機関であつて、役員及び各支部において、組合員の直接無記名投票により、組合員二百名までは十名、組合員二百一名以上は二十五名について、一名の割合で選出された代議員により、構成され、「綱領、宣言、規約の決定」「役員の選挙、承認」「予算の議決、決算の承認」「その他重要なこと」などを、その権限とし、議決権は、代議員のみが有し、毎年一回、五月に定期的に開催される外、中央委員会または組合員の三分の一以上の要求により、臨時に招集される。中央委員会は、大会に次ぐ決議機関であつて、役員及び各支部において、組合員の直接無記名投票により、組合員二百名までは二名、組合員二百一名以上は二百名について、一名(端数が百名以上あるときは、一名を加える。)の割合で選出された中央委員により、構成され、大会から委任された事項の決定の権限を有し、議決権は、中央委員のみが有する。中央執行委員会は、執行機関であつて、中央執行委員長、中央執行副委員長、書記長、書記次長各一名及び中央執行委員若干名により、構成され、「決議機関から与えられた事項の執行」「大会並びに中央委員会に提出する議案の作成」「緊急事項の処理に関すること、ただし、次の中央委員会において、承認を経なければならないこと」などを、その権限とし、業務処理のため、書記局を置き、書記局は、書記局員をもつて、構成し、その事務を庶務部、会計部、組織法制部、教育文化部、調査部、情宣部において、分掌している。

岩教組の役員として、中央執行委員長、中央執行副委員長、書記長、書記次長各一名、中央執行委員若干名などがあり、組合員の直接無記名投票により、選出され、中央執行委員長は、組合を代表して、その運営に当たり、中央執行委員会の議長となり、中央執行副委員長は、中央執行委員長を補佐し、中央執行委員長に事故あるときは、その代理をし、書記長は、中央執行正副委員長を補佐し、書記局の運営に当たり、書記次長は、書記長を補佐し、中央執行委員は、書記局の事務を分掌し、組合業務を執行する。

なお、組合が闘争状態に入つた場合には、規約上、規定されていない中央闘争委員会、拡大闘争委員会が設けられる。すなわち、闘争状態においては、中央執行委員会が中央闘争委員会となり、拡大闘争委員会は、中央闘争委員会及び各支部の書記長により、構成される決議機関兼執行機関であり、右各闘争委員長には、中央執行委員長が当たるものとされる。

また、岩教組は、盛岡、岩手、紫波、稗貫、和賀、胆沢、江刺、西磐井、東磐井、気仙、遠野、釜石、宮古、下北、九戸、二戸の十六支部をもち、右各支部は、岩教組の統制に服し、本部に類似した支部規約をもつて、支会を設け、最高の決議機関として、大会、大会に次ぐ決議機関として、幹事会、執行機関として、執行委員会、役員として、支部長、副支部長、書記長、執行委員などを設け、下部組織の末端として、各学校に分会を置き、各支部長は、支部の執行委員長となつている。

さらに、岩教組は、機関紙として、岩教新聞をもち、月三回の発行を常例とし、臨時に、号外または速報をも発行する外、重要事項の伝達には、随時、岩教情報を発行する。機関紙の発行部数は、合計約八百三十の分会に一部の割合であり、組合関係の指令、指示、大会などの議事事項、決定事項、連絡事項、その他組合関係の記事を掲載し、組合員に対する連絡に重要な役割を果たしている。

三、岩教組の本件学力調査反対闘争の経過

(一) 昭和三十六年五月から第三回中央委員会開催までの経過

日教組は、本件学力調査の実施が問題となると、これは、教育を国家統制のもとに置く政府の反動文教政策の一環をなすものであるという見地から、これを批判し、反対する態度を決めていた。

岩教組は、昭和三十六年五月十五日から同月十七日までの間、盛岡市岩手教育会館で開催された同年度定期大会において、本件学力調査について、討議し、民主教育を確立する戦いの一環として、右学力調査に反対する態度を決定し、さらに、右決定に基き、同月二十七日、各支部長に対し、中央執行委員長名義の「当面の行動についての指示」と題する文書を発し、右学力調査について、(1)組織内において、討議し、反対の意思統一を図る、(2)右学力調査のもつ問題点を父兄に明らかにする旨を指示し、これが岩教組における右学力調査反対闘争の端緒となつた。また、岩教組は、同年七月十日、県教委委員長伊藤佐十郎に対し、中央執行委員長名義の要求書をもつて、右学力調査を実施しないことを要求し、さらに、同年七月十三日、盛岡市医師会館で開催された第二回中央委員会において、議案第三号「中学校全国一斉学力調査拒否闘争について」を討議した結果、(1)学力調査についての職場討議をさらに深め、反対の意思統一を図る、(2)右学力調査に対する反対世論を結集し、中学校区単位に県教委宛調査の返上、中止の署名要求書を提出する、(3)支部、支会は、地教委に交渉して、その態度を追及し、調査依頼を返上するように要求する、(4)調査に必要な作業に対し、可能な限りの抵抗をする旨を決定し、右決定事項を岩教情報第五号などにより、各支部、支会、分会に配付した。

次に、日教組は、同年六月十九日から同月二十三日までの間、宮崎市で開催された第二十三回定期大会において、本件学力調査について、討議したが、結論を得ず、休会となり、同年七月二十一日から同月二十四日までの間、東京都で開催された再開大会において、右学力調査は、差別教育を促進し、学校格差をも拡大し、中学校教育を破壊するものであるという見地から、これに反対する基本的態度を決定し、さらに、同年八月二十四、二十五日の両日、東京都で開催された全国代表者会議において、日教組執行部から提案された学力調査反対闘争原案である「調査日の前日、テスト諸係を含めた全員による集団交渉、徹夜集会、当日早朝集会を組織する。この闘争の発展として、当日は全組合員が休暇(時間休暇)の権利行使をする。」旨の全国統一行動について、討議した結果、これを各県における下部討議を経た上、再度、討議する旨を決定した。そこで、岩教組は、同年九月初旬、右原案を職場討議資料「全国統一闘争を発展させるために」と題する文書として、各支部、支会、分会に配付すると共に、同年九月四日、盛岡市岩手教育会館で開催された拡大闘争委員会において、右原案について、討議した。しかして、日教組は、同年九月九日、東京都で開催された全国代表者会議において、本件学力調査に対する戦術の基本方針として、(1)教育権の確立を正面に打ち出す、このため、平常授業の路線に戦術の基本をおく、(2)この場合、一斉テストの中止をより完全にするため、労働権による阻止行動を併用する旨を確認した。

次に、岩教組は、中央執行委員長名義で、同年九月二日、指令第二号「勤評阻止当面の闘争について」を発し、本件学力調査は、文部省の改訂教育課程の押しつけの手段であり、中学校教育をテスト準備の予備校化し、知育偏重、差別教育、学校格差の拡大を図つて、民主教育を破壊するものであるとして、その反対を訴え、その闘争の拡大発展を図るため、(1)組織内討論は、職場単位に週一回開催し、テスト反対の学習を深める、(2)ポスターによる宣伝、反対署名を九月中に実施する、この際、父母とともに、学力向上に対する意見交換を十分行うことに重点をおく、(3)右学力調査実施のための事務説明会には出席しない旨を組合員に指令し、次いで、同月六日、指示第五号「中学校学力テスト反対署名簿の取扱いと小学校学力テスト用紙返上について(指示)」を発し、指令第二号に基く学力調査反対署名簿の取扱いを組合員に指示した上、同月七日頃、右反対署名簿用紙を組合員に配付し、さらに、同月十五日、指令第三号「当面の闘争に関する件」を発し、十月二十六日の闘争については、第三回中央委員会の議を経て、指令する旨を組合員に明らかにした。かくて、各支部、支会、分会において、各種集会が開催され、右反対闘争の周知及び組合員の意思統一が図られた。

なお、岩教組中央執行委員会は、同年九月十一日頃、第三回中央委員会に提案する本件学力調査反対闘争に関する執行部原案として、第三号議案「中学校一斉学力調査反対闘争に関する件」を作成したが、これによれば、(1)テスト責任者、テスト補助員の命令は返上する、(2)本部は、県教委に公開質問状を提出し、その回答を足がかりとして、批判し、テスト反対の世論のもり上げを図る、(3)支部教研集会において、テスト問題をとり上げ、父母、労働者と共に、反対の意思統一を図る、(4)本部、支部は、他労組、民主団体に働きかけ、それぞれの立場から、県教委、地教委に対し、その中止を要求させる、(5)十月八日及び同月二十二日、中学校区単位に父母集会を組織し、地域闘争の拡充を図る、(6)支部は、十月二十五日、各地教委に対し、テスト中止の最終交渉を行う、(7)十月二十六日、テストが強行された際には、次の行動をとる。すなわち、(イ)中学校区単位に早朝集会を組織し、子供の学習権を侵害し、民主教育を破壊する一斉学力テストの強行に抗議し、当日の授業計画を確保する決意を全員で確認する、集会参加は、措置要求大会参加、休暇の権利行使によることとする、休暇届は、当日早朝、分会長が学校長に一括提出し、集会に参加する、(ロ)午前十時までに学校に到着し、授業計画に従つて、行動する、(ハ)学校長は、テスト立会人に対し、学校の教育計画が変更できず、職員の協力が得られない状況の下では、テスト実施が事実上不可能であることを説明し、実施を中止するように説得する旨の基本的戦術が打ち出されており、右第三号議案は、その後、同年九月十二日、開催された拡大闘争委員会において、第三回中央委員会に提案する旨が決定され、各支部、支会、分会にも配付された。

(二) 第三回中央委員会の状況

第三回中央委員会は、同年九月十八、十九日の両日、盛岡市岩手教育会館において、被告人らを含む本部役員及び中央委員七十六名が出席して、開催されたが、その席上、被告人佐藤啓二から、右第三号議案の提案とその理由の説明が行われ、これについて、討議された結果、数支部から、修正案が提案されたが、十月二十六日前日までの戦術については、ほぼ、執行部原案どおり、決定され、ただ、十月二十六日当日の戦術については、執行部原案をA案とし、東磐井支部提案、西磐井支部賛成の(1)早朝職場集会を開催し、テスト拒否行動についての決意を確認する、(2)平常の時間割による授業を行う、(3)テストを推進する目的で来校する者に対しては、組織をあげて、その意図と行動を阻止する旨の修正案をB案とし、当日、テストが強行された際には、右のいずれかの行動をとることとするが、その決定は、中央闘争委員会に一任する旨が決定された。

(三) 指令第六号、指示第七号を発するに至るまでの経過

岩教組は、第三回中央委員会の決定に基き、同年九月二十一日、中央闘争委員長名義の指令第四号「中学校学力調査反対闘争に関する件」を発し、(1)全組合員は、職場討議の上、中学校一斉学力調査拒否の確認を行い、九月三十日までに、テスト返上の決意を表明せよ、(2)各支部は、地区労傘下の各組合、民主団体に働きかけ、テスト反対の決議をあげ、それぞれの立場から、県教委、地教委にその中止を要求させるよう努力せよ、(3)テスト実施の説明会は、完全に拒否せよ、(4)父母集会をはじめとして、宣伝活動を重視し、地域闘争の拡充を図れ、(5)地教委に対する集団交渉を強化せよ、(6)十月二十六日、テスト強行の際は、一切の労務を完全に拒否できる戦術を行使する、そのため、中央委員会の討議決定に基き、さらに、職場会議を重ねて、その具体的行動を集約せよなどと組合員に指令し、かつ、右反対決意表明の用紙「私たちの決意」を各分会に配付し、さらに、同年九月二十六日、県教委に対し、中央執行委員長名義の公開質問書を提出し、同月二十日頃から同年十月二十六日まで、数次にわたり、右学力調査反対のちらし、ステッカー、ポスターなどを各支部、支会、分会に配付すると共に、新聞折込や屋外掲示により、一般への宣伝にも供し、次いで、同年十月三、四日の両日、花巻市台温泉楽知館で開催された支部長、書記長会議において、被告人らを含む中央執行委員が参加の上、右反対闘争の戦術について、討議し、各支部の闘争状況などを検討した結果、同月六、七日の両日、開催される日教組五十六回中央委員会に臨む岩教組の態度として、A案をとる旨を決定した。しかして、日教組第五十六回中央委員会において、決定された戦術は、その大綱においてて、A案とほぼ同一であつた。

かくて、岩教組は、同年十月十日、盛岡市岩手教育会館で開催された中央闘争委員会において、A案を骨子として、最終的な闘争戦術を討議した結果、後記指令第六号と、ほぼ、同一内容の戦術原案を決定し、さらに、同月十二日、右岩手教育会館で開催された拡大闘争委員会において、右戦術原案について、討議すると共に、中央闘争委員を各支部にオルグとして、派遣する旨を決定し、他方、同日、拡大闘争委員会出席者全員で、本件学力調査の実施中止について、県教委各委員、工藤巌教育次長らの集団交渉をしたが、交渉は、決裂し、結論をみるに至らなかつた。

第二、罪となるべき事実

昭和三十六年十月当時、被告人小川仁一は、岩手県和賀郡土沢町立土沢中学校教諭で、岩教組中央執行委員長、被告人千葉樹寿は、水沢市立水沢中学校教諭で、同組合書記長、被告人千葉直は、陸前高田市立高田中学校教諭で、同組合中央執行委員、被告人佐藤啓二は、一関市立一関中学校教諭で、同組合中央執行委員、被告人熊谷晟は、盛岡市立太田中学校教諭で、同組合中央執行委員、被告人岩渕臧は、同県東磐井郡大東町立大東中学校教諭で、同組合中央執行委員、被告人柏朔司は、同県立久慈高等学校教諭で、同組合中央執行委員をしており、いずれも、右組合業務に専従し、同年四月一日から、岩教組執行部を構成していたものであるが、前記甲第一の三に説示したとおり、岩教組執行部においては、岩手県下の各市町村教育委員会の県内中学校第二、第三学年生徒に対する本件学力調査の実施に反対し、その実施を阻止する目的をもつて、傘下組合員である公立中学校教職員をして、右実施阻止のための争議行為を行わせる闘争方針案を企画して、機関の決定を経て来たものであるところ、

一、被告人らの七名を含む中央執行委員、各支部書記長(ただし、気仙支部は、副支部長鈴木謙夫)は、昭和三十六年十月十二日、盛岡市岩手教育会館において、開催された拡大闘争委員会において、前記甲第一の三、(三)記載の岩教組執行部提案の戦術原案について、討議した結果、ほぼ、原案通り、右戦術を承認し、ここに、これを指令第六号として、発出し、傘下組合員である公立中学校教職員をして、右実施阻止のための争議行為を行わせるため、これを煽動することを共謀するに至り、被告人らにおいて、同年十月十三日頃から同月二十日頃までの間、岩手県内において、同組合各支部長に対し、まず、同月十三日付岩教組中央争闘委員長小川仁一名義の

「文部省の計画により、実施予定の中学校全国一斉学力調査に反対し、これを中止させる戦いを全国統一行動として、組織する。

第一、指令第四号による闘争の点検活動を強化せよ。

1、決意書の集約を完全に行え。

2、説明会は徹底して、拒否せよ。

3、テスト責任者、テスト補助員の任命は、完全に返上せよ。

4、市町村教育委員会交渉を強化せよ。

5、地区労を中心に他労組、民主団体との共闘を図れ。

6、父母集会並びに宣伝活動を強化せよ。

第二、十月二十六日、学力調査強行の場合は、全組織力を傾注して、阻止せよ。

1、テスト責任者、テスト補助員、立会人、採点員に対して、返上拒否を行うよう説得活動を組織的に継続せよ。

2、一斉学力調査は、文部省の改悪教育課程の押しつけの手段であり、中学校教育をテスト準備予備校化し、知育偏重、差別教育、学校格差の拡大を図り、民主教育を破壊するものであることを県民各層に訴えて、闘争支援協力を図るため、宣伝啓蒙に力点をおけ。そのため、各支部は、徹底的に宣伝活動を行え。その場合、十月二十六日の闘争行動についての声明をせよ。ポスター、ステッカー等を完全にはり出せ。

3、署名運動をさらに徹底せよ。

4、十月二十六日、学力調査をあくまで強行してくる場合には、全組合員は、次の如く、統一行動をもつて、戦う。

イ、当日、全組合員(保安要員も含む)は、休暇届を提出し、午前八時三十分より中学校区単位の措置要求大会に参加せよ。

ロ、午前九時五十分から十時までの間に、学校に到着し、その日の授業計画に従つて、整然と行動する。

ハ、その際、整然たる統一行動をとり得るよう交渉班、説得班を事前に編成せよ。

第三、闘争体制完備のため、本部、支部、支会、分会、組合員一体となつて、努力せよ。」

などと記載した指令第六号「一斉学力調査反対闘争に関する件」と題する文書を発出し、次いで、教育委員会側の本件学力調査実施の態度に対応する行動を指示するため、指令第六号の細部的指示に当たるものとして、同月十八日付岩教組中央闘争委員長小川仁一名義の

「第一、闘争体制整備点検と前日までの手だて、

1、各支部は、分会、支会毎、闘争委員会組織を確立し、常駐責任体制をとられたい。

2、宣伝活動に努力し、十月二十一日の総決起大会を全組合員で成功裡に実施されたい。

3、特に、PTA県連は、各郡PTAに対し、態度を明らかにされたい旨通達したので、PTAとして、学力テスト反対ないし反対決議ができなければ、態度を保留すべきであることを根強く働きかけられたい。

4、テスト責任者、テスト補助員の任命は、絶対に返上されたい。

第二、十月二十六日当日の行動について、

1、当日、全組合員は、午前七時、中学校区単位に集結し、教育委員会の行動に対応できる体制を確立されたい。この場合、可能な限り、前夜から泊り込み、防衛体制に入ることが望ましい。

2、早朝、テスト実施の任務をもつて、来校し、強引にテストに入ろうとする者がある場合には、中学校の担任は直ちに、生徒を掌握し、授業の体制にうつり、教室を防衛する。

3、外来者(テスター、立会人)が教室に入ることを断乎阻止せよ。それらに要する説得班、交渉班などは、あらかじめ、編成し、各中学校単位に派遣せられたい。

4、この状態の場合には、中学校区単位集会は、全員、説得班、交渉班の任務をもつものとする。特に、生徒の扱いについては、テストが事実上不可能な状態におくこと。特に、小規模学校においては、講堂集会などは、逆用されるおそれがある。

5、休暇届の処置については、一括、分会長保管とし、実情と事後の弾圧処理の上から、指示する。

6、テスト立会人、補助員など外来者については、十時以降も校内を立ち去らない場合には、相対したままの体制をとり得るよう配慮する。」

などと記載した指示第七号「指令第六号の細部の指示について」と題する文書を発出し、右各支部、支会、分会役員らを介し、その頃、同県内において、傘下組合員である公立中学校教職員約四千三百名に対し、右指令、指示の趣旨を伝達して、その趣旨の実行方を慫慂し、もつて、地方公務員である教職員に対し、争議行為の遂行をあおり、

二、被告人千葉直は、

(一) 同年十月十九日午後五時頃、花巻市東宮野目第一地割七十四番地の二同市立宮野目中学校家庭科教室で開催された同市立宮野目小、中学校連合集会に、岩教組花巻支部執行委員谷藤昌平と共に、オルグとして、出席し、その席上において、本件学力調査についての県内の情勢を説明し、さらに、右宮野目中学校長沢田利衛に対し、前記甲第一の三記載の反対決意表明の用紙「私たちの決意」に署名しないこと及び同中学校の教職員をテスト補助員に任命した理由などについて、質問した上、「校長も組合員であるから、組合の方針に従つて、行動し、協力して貰いたい。」旨を申し向け、指示第六号、指示第七号の趣旨の実行方を慫慂し、もつて、地方公務員である教職員に対し、争議行為の遂行をそそのかし、

(二) 同月二十四日午後一時頃、同市駅前通三百七十五番地稗貫教育会館一階和室で開催された稗貫地区小、中学校長会に、オルグとして、出席し、その席上において、同市立西南中学校長安藤寛外約四十名の小、中学校長に対し、岩教組各支部の情勢を説明した上、本件学力調査に反対する理由を述べ、さらに、「校長も組合員であるから、テスト責任者を返上し、テストを拒否して貰いたい。」旨を申し向け、右指令、指示の趣旨の実行方を慫慂し、かつて、地方公務員である教職員に対し、争議行為の遂行をあおり、

(三) 同月二十六日午前七時二十分頃、同市高松第五地割四十二番地の一同市立矢沢中学校に、前記谷藤昌平らと共に、オルグとして、赴き、同校長室において、同校長宮沢吉太郎に対し、再三にわたり、「テストには反対である。テストはやめて貰いたい。」旨を申し向け、右指令、指示の趣旨の実行方を慫慂し、もつて、地方公務員である教職員に対し、争議行為の遂行をそそのかし、

三、被告人熊谷晟は、

(一) 同月二十五日、久慈市栄町第三十七地割百二十番地の十二、九戸教育会館で開催された九戸地区校長会評議員会に、岩教組九戸支部書記長豊巻勲と共に、オルグとして出席し、その席上において、同市立大川目中学校長成田忠夫対約十五名の小、中学校長に対し、「組合の方針は、あくまで、テストを阻止するということであるから、校長は、テスト責任者を返上して貰いたい。」旨を申し向け、右指令、指示の趣旨の実行方を慫慂し、もつて、地方公務員である教職員に対し、争議行為の遂行をあおり、

(二) 同月二十六日午後二時頃、同市夏井町字早坂第三地割二十番地同市立夏井中学校に、オルグとして、赴き、同校長田中市郎に対し、「テストは、このまま、やめて貰いたい。」旨を申し向け、右指令、指示の趣旨の実行方を慫慂し、もつて、地方公務員である教職員に対し、争議行為の遂行をそそのかし、

四、被告人岩渕臧は、同月十六日午前九時、前記九戸教育会館で開催された九戸地区校長会評議員会に、前記豊巻勲らと共に、オルグとして、出席し、その席上において、岩手県九戸郡軽米町立軽米中学校長高橋祐平外約五十名の小、中学校長に対し、岩教組各支部の情勢を説明した上、「今度の学力テスト阻止闘争は、指令第六号によつて、やつて貰いたい。テスト責任者を返上して貰いたい。テスト補助員を任命しないで貰いたい。」旨を申し向け、右指令、指示の趣旨の実行方を慫慂し、もつて、地方公務員である教職員に対し、争議行為の遂行をあおり、

五、被告人柏朔司は、同月二十六日、岩手県上閉伊郡大槌町大槌同町立大槌中学校における本件学力調査の実施を阻止する目的から、右学力調査のテスト立会人斎藤金之助、テスト補充員伊藤里見ら十四名が同中学校に赴くのを阻止しようと企て、岩教組釜石支部副支部長柳田光悦ら約五十名と共謀の上、同日午前八時頃から午後二時頃までの間、同中学校の南東方約二百メートルの地点の同町大槌通称松の下地内にある幅員四・三メートル、長さ四メートルの通称源水橋上の道路において、右柳田光悦ら約五十名と共に、人垣を作つて、道路に立ち塞がり、もつて、道路において、交通の妨害となるような方法で、立ち止まつていた

ものである。

乙、証拠の標目<略>

丙、被告人及び弁護人らの公訴棄却の申立に対する判断<略>

丁、被告人及び弁護人らの主張に対する判断

第一、本件学力調査が憲法第二十六条、第二十三条、教育基本法(以下「教基法」という。)第十条、地教行法第五十四条第二項に違反して、違法であるとの主張について、

被告人及び弁護人らは、本件学力調査は反動文教政策の一環で、国家の教育内容に対する介入であり、その結果、教師の自主性は、侵害され、民主教育は、破壊されることになるので、教育に対する不当な支配であり、憲法第二十六条、第二十三条、教基法第十条に違反し、また、地方教育委員会に調査を拘束的に実施させるものであつて、地教行法第五十四条第二項に違反する違法な行政権の行使である旨主張する。そこで、教育行政権の行使の限界、本件学力調査の適法性について、順次、検討する。

一、教育行政権の行使の限界(教育権との関係)について、

本件学力調査は、前記甲第一の一に説示したとおりの法的根拠、目的をもつものであり、しかも、ある時期における学力の水準を調査するものであるから、広義においては、教育活動の一環と考えられるが、その実施に当たつては、その実施要綱が文部省により、詳細に定められている上、すでに定められた学校における教育課程(授業計画)の一部を変更するなどの影響を与えるので、まず、教育行政権の関与が教育に対する侵害となるかどうかについて、考えなければならない。

(一) 教育は、その自主性が尊重されなければならず、教師の最善の能力は、自由な雰囲気の中において、十分に発揮される。しかして、憲法は、その第二十三条において、学問の自由を、第二十六条において、教育を受ける権利と教育の義務を規定しているけれども、これらのことから、直ちに、教師に教授の自由(教材、教課内容、教授方法の自由)があり、いわゆる教育権の独立が認められているということはできない。憲法第二十三条に規定する学問の自由は、すべての教育機関に保障されているが、これは、当然に、教授の自由を含むものではなく、教授の自由は、大学その他の高等の教育機関は格別として、下級の教育機関については、そこにおける教育の本質上、教材、教課内容、教授方法の画一化が要求されるため、高等学校、中学校、小学校の順に、下級の学校に及ぶに応じて、漸次、制約されるのである。そして教育は、国家社会の最も重大な関心事であり、教育の振興は、国や地方公共団体の果たさなければならない重大な使命の一つである。したがつて、国や地方公共団体は、教育に関し、積極的な役割を演ずべき義務があり、ここに、教育行政の存在すべき必要性がある。

(二) そこで、次に、教育行政の権能と限界は、どこに求められるべきかについて、考えるのに、教基法第十条第一項は、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し、直接に責任を負つて行われるべきものである。」と定め、明らかに、教育と教育行政との関係にふれる基本的規定をしている。しかして、右の「不当な支配」とは、教育の政治的中立性を阻害するような一党一派に偏した干渉を指し、現実的な力として、政党、官僚、労働組合、宗派、一部父兄、マスコミなどの政治的、宗教的、社会的な党派勢力が考えられるが、ただ、それらの勢力のもつ理想や政策が法律上認められた以上は、それが教育に反映することがあつても、差支えないものと解するのが相当である。したがつて、教育について、法制的根拠をもつ行政的支配は、正当なものといわなければならないのである。けだし、国民の一般的教育意思は、国会に代表され、政府の定める国家基準により、実現されるのであつて、国家基準に従い、教育行政上の管理に服することが国民に責任を負うゆえんだからである。そして、これは、反面、教育行政権の限界の問題である。

(三) しかして、教基法第十条第二項は、「教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。」と定めているが、右に述べたように、教授の自由がすべての学校の教師に認められているのではなく、学校の種類に応じて、その本質上、その教育内容や教育方法について、教育行政からするある程度の規制があることは免れないところからすれば、右の「諸条件の整備」とは、教育の外的条件の整備例えば、施設、教育財政などの物的管理や教職員の人事、庶務、教務などの人的管理の外に、教育課程基準の設定、教育課程管理、教材取扱に関する運営管理を含むものと解するのが相当である。したがつて、地教行法第二十三条、第三十三条が教育委員会の権限としている「学校管理」には、右のような事項が含まれ、また、同法第四十三条第二項に規定するように、市町村立学校の教師は、その教育活動を行うに当たつては、市町村教育委員会や職務上の上司の職務上の命令に忠実に従わなければならないのであつて、しかも、これは、教育行政に特有な現象ではなく、公立学校の管理が地方公共団体が設置管理するいわゆる営造物の管理に該当し、その管理権、支配権が営造物の主体である管理行政庁に存することに由来する当然の帰結に外ならない。

二、本件学力調査の適法性について、

次に、本件学力調査は、前記甲第一の一に説示したとおり、地教行法第五十四条第二項に基くものであるが、かかる学力調査が右法条の調査として、適法に行われたものといえるかどうかについて、考えなければならない。

(一) 手続上の問題について、

地教行法第五十四条第二項は、「文部大臣は、教育委員会に対し、都道府県委員会は、市町村委員会に対し、それぞれ、その担当区域内の教育に関する事務に関し、必要な調査、統計その他の資料又は報告の提出を求めることができる。」と定めている。しかして、本件学力調査は、文部大臣が右条項による調査報告の提出要求権に基き、都道府県教育委員会などに対し、右調査報告の提出を求め、都道府県教育委員会が同条項に基き、さらに、市町村教育委員会などに対し、同様の調査報告の提出を求めたので、市町村教育委員会は、学校管理及び教育に関する調査報告事務などの管理権限を定めた同法第二十三条第一、第五、第十七号、第三十二条により、その調査の実施を決定し、同法第四十三条第一、第二項所定の監督権に基き、管内各中学校長及び教員らに対し、これを実施し、その結果の報告力を求め、この結果、教育委員会の権限に基く事務の管理執行としての教育にかかる調査として、行われることとなつたものであることは、前記甲第一の一に説示したとおりである。

もつとも、すでに判示したところからすれば、文部大臣の県教委に対する右調査報告の提出要求は、文部大臣名義で県教委に対して、なされるべきであるのに、前記甲第一の一に説示したとおり、その補佐機関である文部省初等中等教育局長及び調査局長名義で県教委教育長に対して、なされ、また、県教委の各地教委に対する同要求は、県教委教育長の専決的補助執行として、なされたのであるから、県教委名義で各地教委に対して、なされるべきであるのに、同説示のとおり、県教委教育長名義で各地教委教育長に対して、なされ、さらに、各地教委の所管の中学校長に対する右調査についての職務命令は、各地教委教育長の専決的補助執行としてなされたのであるから、各地教委名義でなされるべきであるのに、同説示のとおり、各地教委教育長名義でなされたのであつて、これらは、弁護人らも指摘するとおり、右各行政行為についての瑕疵であるといわなければならない。しかしながら、右のように、各行政行為がその名義者の行為であるような外観を有し、それが本来の行為者の行為であることが明らかにされていなくても、なお、これをもつて、右各行為を無効とする程の重大かつ明白な瑕疵とは解されない(最高裁判所昭和二十三年一月十七日第二小法廷判決、最高裁判所民事判例集第二巻第一号一頁参照)。

また、弁護人らは、右職務命令は教師の職務上の独立の範囲に関するものであるから、職務命令としての要件を充足せず、違法である旨主張するが、丁第一の一に説示したとおり、下級の教育機関については、教師に教授の自由があり、いわゆる教育権の独立が認められているということはできず、教授の自由は、制約されるのであるから、右教授の自由があることを前提とする右主張は、理由がない。

したがつて、本件学力調査は、その手続上、有効なものというべきである。

(二) 実質上の問題について、

まず、教育政策的にみると、本件学力調査については、(1)政府の所得倍増計画に伴う人材開発計画という国策の遂行に利用されないか、(2)学習指導要領に対する到達度をみることにより、改訂教育課程の国家基準を貫徹させ、教育の国家統制に至るのではないか、(3)人間格づけ的学力観に立つており、民主教育の理念である全面発達的学力観に反しないか、(4)今日の成績主義的傾向に拍車をかけ、中学校をテスト教科偏向の予備校化する虞がないか、(5)学校を取り巻く諸条件との関連を無視して、学校差を明らかにし、学校間の相互競争を増し、教師の不当配転などの資料に利用され、勤務評定の体制を強化するのではないかなどの重要な問題を包含している。

しかしながら、第十一ないし第十三回公判調書中証人工藤巌の供述記載部分、当裁判所の証人今村武俊、同奥田真丈に対する各証人尋問調書により、明らかなように、文部省や教育委員会は、右(1)ないし(5)のような政策的意図のもとに、本件学力調査を実施し、また、その調査結果を利用しようとするものではなく、あくまでも、教基法第十条第二項所定の教育行政における教育の目的を達成するに必要とされる教育課程施策の樹立、学習指導の改善、教育条件の整備、育英特殊教育施設の拡充などのための有効な資料を得ることを、その目的としたものである。

もつとも、本件学力調査は、主として、その調査結果利用の具体的方法によつては、右にみたような弊害が現実化する虞がないとはいえない短所、欠点を包含していることは推認できるが、これに対しては、行政的、政治的見地から、別途の方策を講ずる余地があり、また、証人宗像誠也の当公判廷における供述、当裁判所の証人宮之原貞光、同佐伯嘉三、同浜田粋、同合田弘に対する各証人尋問調書を総合すれば、現に、愛媛、香川両県においては、本件学力調査実施の結果、一部の中学校において、生徒間に不当な相互競争を増し、成績主義的な傾向を助長し、中学校をテスト教科偏向の予備校化し、生徒の全面的成長という理念に反するような教育活動が行われる事態を招来したことが窺知できるが、右のような状況は、極端に走つた過渡的な現象と目すべきものであり、当裁判所の証人今村武俊に対する証人尋問調書によれば、他の都道府県においては、本件学力調査の実施により、必ずしも、愛媛、香川両県におけると同様な状態を惹起しているものではないことが認められる。

したがつて。本件学力調査は、右のような問題を包含しているとはいえ、この点から、直ちに、違法なものということはできない。

次に、法律問題についてみると、本件学力調査は、調査の期日、時間割、教科、問題作成、実施手続、結果の利用方針などの一切が文部省当局において、詳細に定められた上で、地教行法第五十四条第二項により、それに従つた調査報告の提出が要求されたものであることに、種々の問題を包含している。

すなわち、(1)元来、本件学力調査のような大規模で、しかも、全く文部省が実施要領を詳細に定めた調査要求は、おそらく、地教行法第五十四条第二項の予想していなかつたところであり、むしろ、同法第五十三条第二項に基き、調査事務を機関委任する方法によるべきでないか、(2)この調査は、学習指導要領に対する到達度をみるものとされているが、通常の行政的事実調査と異なり、学力調査、学力テストの実質をもち、調査事務の性質をもつものとして、行われることができるか、(3)その試験問題作成権は、学校教育法第三十八条により、文部大臣に委任されているか、(4)その試験問題は、学習指導要領を法的基準とし、文部省内の問題作成委員会により、作成されているが、これが適法であるか、(5)その実施手続において、市町村教育委員会が管下公立学校に対し、当日の授業計画の変更とテスト実施を命令し、校長、教員を、それぞれ、当該学校のテスト責任者、テスト補助員に任命することができるか、(6)その調査結果は、生徒指導要録の標準検査の記録欄に、その換算点を記録することとされているが、これは、行政調査として、実施される趣旨と矛盾しないかなどの問題を包含している。

そこで、これらの点について、順次、検討する。

まず、右(1)の点について、検討するのに、たしかに、本件学力調査のように、文部省の企画のもとに、専ら、その指導により、行われる調査は、地教行法第五十三条第二項によるのが妥当であり、さらには、法律の特別な根拠規定を整備するのが穏当であつたと思料されないでもないけれども、同法第五十四条第二項によつても、なお、本件のような調査結果を他のものから、義務的に提出させることができないとは解されない。すなわち、右両条項に基く調査は、いずれも、行政機関相互の協力関係として、教育委員会などを義務づける行政調査であつて、時間的、財源的に、調査機関を不当に圧迫しないことを考慮して、関係的、相対的に選択されるべきものだからである。また、地教行法第五十四条第二項による調査の報告の提出要求は、文部大臣において、教育委員会などが、すでに、みずから、行つた調査の報告の提出を求める場合に限られるものではなく、教育委員会などが、将来、みずから、行う調査の報告の提出を求める場合にも、行われ得ると解するのが相当である。

次に、右(2)の点について、検討するのに、たしかに、本件学力調査は、全国一斉の各教科の悉皆調査であつて、各個生徒の成績評価と一体化し、実質上、分離できず、しかも、試験問題が教育課程の国家基準に準拠して、作成される場合、教育活動への影響は、不可避的となる面があるけれども、その目的は、あくまでも、ある時期における学力の実態の調査という客観的な事実資料の把握にあり、それ自体、積極的な施策としての意味内容をもつものではないので、結局、他の実質的権限を行使する前提として、行政対象を認識するために行われる行政調査の性質をもつものであるから、右にみたような一面があることにより、これが、直ちに、行政的事実調査の範疇に属しないものとは解されない。

次に、右(3)の点について、検討するのに、学校教育法第三十八条、第百六条第一項によれば、文部大臣は、中学校の教育課程の国家基準を設定できるとされているので、教育課程編成権は、第一次的には、文部大臣に包括授権されていると解されるから、本件学力調査の試験問題作成権は、同法第三十八条により、文部大臣に存するものと解される。なお、この点から、学習指導要領は、法規命令としての効力をもち、学校及び教員に対し、事項により、強弱はあるが、法的拘束力があるものといわなければならない。

次に、右(4)の点について、検討するのに、当裁判所の証人奥田真丈に対する証人尋問調書、文部省初等中等局長及び同省調査局長名義の「捜査関係事項照会について(回答)」と題する書面添付の「全国中学校一せい学力調査問答集」を総合すれば、本件学力調査の試験問題は、学習指導要領を法的基準として、視学官及び教科調査官から成る文部省内の問題作成委員会により、作成されていることが認められ、他方、証人兼子仁の当公判廷における供述によれば、欧米諸国において、進学適性国家試験が行われる場合、その問題作成には、教育界の意思を広く導入する手続が形成されていることが窺われるので、これに対比すれば、本件学力調査の試験問題作成の主体、基準、手続には、なお、検討考慮されるべき問題があるといわなければならないが、これが、不当かどうかの点はさておき、違法の問題とはならないというべきである。

次に、右(5)の点について、検討するのに、市町村教育委員会は、丁第一の一、(三)に、説示したとおり、営造物の管理庁として、市町村立の小、中学校などについて、営造物管理権としての学校管理権を有する(学校教育法第五条、地方自治法第二条第三項第五号、地教行法第三十二条、第二十三条第一項参照)。それで、現行の法令、規則に多くみられるように、学校管理事務の多くを学校の内在的管理権として、校長の権限に属させ、特に、教育課程管理に関し、学校の教育計画を校長ないし学校が作成して、教育委員会に届け出るという定めをし、したがつて、その第一次的作成権限を校長ないし学校の権限としている場合においても、教育委員会は、なお、校長の権限行使について、包括的な指揮監督権を有し、必要に応じて、教育計画の変更を命令でき、また、前記丁第一の二、(一)に説示したとおり、地教行法第四十三条第一、第二項所定の監督権に基き、校長及び教員を、それぞれ、テスト責任者及びテスト補助員に任命し、校務として、本件学力調査を実施することを命令できるものと解される。

最後に、右(6)の点について、検討するのに、たしかに、本件学力調査の結果を生徒指導要録中に記載することは、各個生徒の成績評価と一体化し、本件学力調査が行政調査として、実施された趣旨と矛盾し、妥当であるとはいえないけれども、これをもつて、本件学力調査全体を違法視することはできない。

三、以上の次第であるから、本件学力調査は、教育に対する不当な行政の干渉ないし侵害ということはできず、手続的にも実質的にも、これを無効とする違法がないものというべきである。

第二、地公法第三十七条第一項、第六十一条第四号の各規定が憲法に違反するとの主張について、

被告人及び弁護人らは、(一)地公法第三十七条第一項、第六十一条第四号は、いずれも、憲法第二十八条に違反し、(二)地公法第六十一条第四号は、憲法第二十一条、第十八条、第三十一条に違反し、(三)さらに、地公法第三十七条第一項、第六十一条第四号は、憲法第九十八条第二項に違反するから、右のような違法な法条は、無効であつて、被告人らの本件所為は、罪とならない旨主張する。そこで、これらの点について、順次、検討する。

一、地公法第三十七条第一項、第六十一条第四号と憲法第二十八条との関係

(一) 地公法第三十七条第一項と憲法第二十八条との関係

憲法第二十八条は、勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利(これらを総称して、以下「労働基本権」という。)を保障すると規定し、これにより、団体交渉における労働者と使用者との間の実質的平等を実現し、労働者の適正な労働条件の確保を保障しようとするものである。そして、同条にいう勤労者とは、自己の労働力を他人に売ることにより、生活しようとする者であると解されるから、本件で問題となつている教職員も地方公共団体から、労働の対価として、受ける給料により、生活する者であり、かつ、従属的労働者である以上、右の勤労者に含まれ、したがつて、原則的には、労働基本権を保障されているものといわなければならない。

しかしながら、労働基本権は、全く無制約なものではなく、公共の福祉との調和を図るため、法律により、剥奪ないし制限を加えられるのは、やむを得ないところであり(最高裁判所昭和二十八年四月八日大法廷判決、最高裁判所刑事判例集第七巻第四号七七五頁参照)、ここにいう「公共の福祉」とは、国家、社会全体の公共的利益を意味するのである。しかして、右制限の程度は、勤労者の労働基本権を尊重すべき必要と公共の福祉を確保する必要とを比較考慮し、両者が適正な均衡を保つことを目的として、決定されるべきであるが、このような目的のもとに、具体的に制限の程度を決定することは、立法府の裁量権に属するものというべきであり、その制限が、著しく、右の適正な均衡を破り、明らかに、不合理であつて、立法府がその裁量の範囲を逸脱したと認められるものでない限り、その判断は、合憲適法なものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四十年七月十四日大法廷判決、最高裁判所民事判例集第十九巻第五号一一九八頁参照)。

それでは、教職員については、この点をいかに考えるべきかについて、検討するのに、公務員は、国または、地方公共団体の住民に対して、労働を売り渡すのであつて、その使用者は、住民であり、しかも、全体の奉仕者として、その住民と奉仕するものであつて、一部の奉仕者でないことは、憲法第十五条第三項に規定されるところであるから、公共の利益のために、勤務し、かつ、職務の遂行に当たつては、全力をあげて、これに専念しなければならない(地公法第三十条)性質のものであり、殊に、教育公務員については、教育公務員特例法によれば、「教育を通じて、国民全体に奉仕する」と規定され(第一条)、さらに、学校及び教育の公共性に由来し、教育基本法によれば、「法律に定める学校(国公私立を問わない。)の教員は、全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。」と規定されている(第六条第二項)。そこで、公務員の勤務条件は、法律または条例により、その職務と責任に応じて、適正なものを保障され、公務員は、その地位の高低を問わず、すべて、一律かつ全面的に、使用者である住民に対抗して、争議行為をすることが禁止されるのである。また、公務員の勤務条件が右のように適正なものを保障されなければならないのは、公務員に対し、争議行為が禁止されるための代償措置だけの意味ではないのである。したがつて、公務員は、一般私企業の勤務者とは異なり、その服務について、種々、法律上の規制を受け、これに違反した場合には、懲戒または刑罰などによる制裁を受けるのである。

このように、公務員は、全体の奉仕者として、住民に対抗して、争議行為をすることができないと同時に、その職責に適応した勤務条件により、保障されることにより、国家、社会における公共的利益と調和することができ、憲法の要請する公共の福祉の理念が実現されるのであるから、地方公務員である教職員の労働基本権が一般私企業の勤務者とは異なつて、特別の取扱を受け、制限されることがあるのは、やむを得ないところである。

したがつて、地方公務員の争議行為を禁止する地公法第三十七条第一項は、憲法第二十八条に違反するものではない。

(二) 地公法第六十一条第四号と憲法第二十八条との関係

次に、地方公務員の争議行為を禁止することが憲法第二十八条に違反しないからといつて、当然には、争議行為の禁止に違反した争議行為に対し、刑罰を科することが同条に違反しないものとはいうことができない。違法な争議行為に対し、刑罰を科するのには、合理的根拠がなければならない。ところで、後記丁第二の三に説示するとおり、公務員の争議行為を禁止することが憲法第十八条が禁止する苦役の強制に該当せず、かつ、後記丁第四の二に説示するとおり、違法な争議行為の遂行をあおりまたはそそのかす行為を可罰的行為として、評価し、刑罰をもつて、禁止することは、決して、不合理とはいうことができない。

したがつて、地公法第六十一条第四号は、同法第三十七条第一項が憲法第二十八条に違反しない理由と同じ理由から、同条に違反するものではない。

二、地公法第六十一条第四号と憲法第二十一条との関係

憲法第二十一条は、表現の自由を保障すると規定しているが、これは、全く無制約なものではなく、公共の福祉との調和を図るため、法律により、制限されるのは、やむを得ないところであり、特に、表現の目的、手段において、社会の秩序と安全に危険を与える表現行為は、刑罰を科して、禁止されるのである(最高裁判所昭和二十七年八月二十九日第二小法廷判決、最高裁判所刑事判例集第六巻第八号一〇五三頁、同裁判所昭和三十年十一月三十日大法廷判決、同判例集第九巻第十二号二五四五頁参照)。しかして、すでに説示したとおり、教職員の争議行為を禁止することは、憲法に違反するものではないところ、かかる教職員の争議行為をあおりまたはそそのかす行為は、社会の秩序と安全に危険を与えるものといわなければならない。

したがつて、かかる表現行為を処罰する地公法第六十一条第四号は、憲法第二十一条に違反するものではない。

三、地公法第六十一条第四号と憲法第十八条との関係

憲法第十八条は、奴隷的拘束及び犯罪による処罰の場合を除いては、苦役からの自由を保障すると規定しているが、同条は、アメリカ合衆国憲法修正第十三条に由来する規定であり、ここで問題となる「意に反する苦役」に当たるものとして、右修正第十三条は、インボランタリー・サービュードウ(Involuntary servitude)の語を使用し、また、日本国憲法の英訳文もこれと同一の語を使用していることを考慮すれば、意に反する苦役とは、特に苦痛を伴う労役と解すべきではなく、本人の意思に反して、強制される労役またはこれに準ずる隷属状態をいうものと解するのが相当であり、たとえ、通常の労役であつても、本人の意思に反して、強制される以上、意に反する苦役に当たるのである。しかしながら、公務員は、みずからの意思に基いて、一般私企業の勤務者とは異なる勤務関係に服することに同意して、公務員としての地位に就いたものであり、また、所定の手続を経れば、何時でも、自由意志により、その地位を離脱することもできるのであるから(最高裁判所昭和二十八年四月八日大法廷判決、最高裁判所刑事判例集第七巻第四号七七五頁参照)、その地位を保持する限り、国または地方公共団体の住民に対抗して、争議行為をすることを禁止されているにすぎないのである。その結果、公務員が服務を余儀なくされても、それは、全体の奉仕者である公務員として、公共の福祉を実現するための責務であつて、憲法が禁止する苦役の強制とは異なるから、その意に反する苦役と解することはできない。

したがつて、争議行為の遂行をあおりまたはそそのかす行為を処罰する地公法第六十一条第四号は、憲法第十八条に違反するものではない。

四、地公法第六十一条第四号と憲法第三十一条との関係

憲法第三十一条は、刑罰を科するには、法律の定める手続によることを保障すると規定しているが、これは、法の正当な手続を保障すると共に、いわゆる罪刑法定主義の原則を明らかにしたものとされている。したがつて、刑罰を科するには、明確な内容と適正で合理的な根拠をもつた法律によらなければならないのである。そして、法律の規定は、その本質上、抽象的なものであるが、その解釈により、その内容が明確にされ、合理性をもち、適性であると認められる限り、憲法第三十一条に違反するものではないといわなければならない。しかして、地公法第六十一条第四号については、後記丁第四に説示するとおり、解釈により、その内容を明確にすることができ、かつ、その内容は、合理性をもち、適正であるということができる。

したがつて、地公法第六十一条第四号は、憲法第三十一条に違反するものではない。

五、地公法第三十七条第一項は、第六十一条第四号と憲法第九十八条第二項との関係

憲法第九十八条第二項は、わが国が締結した条約及び確立された国際法規を遵守すべきことを規定しているので、右のような国際法規と抵触する国内の法律、命令以下の法規は、同条項に違反すると解される。

(一) しかして、国際労働機関(以下「ILO」という。)第八十七条約(結社の自由と団結権の保護に関する条約)は、第十条において、労働者団体は、労働者の利益を増進し、かつ、保護することを目的とするものと規定し、第八条第二項において、国内の法令は、この条約に規定する保障を阻害するようなものであつてはならないと規定しているので、労働組合団体の活動が著しく困難となるような制度、殊に、争議行為が労働者の利益を増進し、かつ、保護するための通常の手段であるところから、その争議行為を禁止することは、同条約第八条第二項に反する可能性のあることが指摘されている。しかしながら、同条約に関するILO結社の自由委員会は、第六十号事件についての第十一次報告を通じ、国家公務員及び地方公務員の争議権の問題に答え、「法定の勤務条件を享受する公務員は、大多数の国々においては、その雇用を律する法令により、通常、そのストライキ権を否認されており、この点については、これ以上、考察を加える理由は存しないと考える。」旨を述べ、公務員に対する争議行為の禁止は、法令の定める勤務条件の享受だけで、無条件に容認されることを明らかにしていたのである。しかるに、その後、同委員会は、第百七十九号事件についての第五十四次報告、第五十八次報告、ILO条約及び勧告の適用に関する専門家委員会の千九百五十九年の報告、ILO結社の自由に関する実情調査調停委員会(いわゆるドライヤー委員会)の千九百六十五年の報告などを通じ、争議権を労働組合の権利として、捉え、争議行為の禁止が容認されるのは、基幹的公共事業に従事する労働者及び立法により、待遇を規制される公務員(パブリック・オフィシャルズまたはシビル・サーバント)に限られ、前者については、労働者の権利を完全に保護するための適当な保障を確保することが条件とされ、後者については、争議権に代るだけの立法的保障がない限り、その争議行為について、行政処分はともかくとして、刑事罰を科することは、許されないことが示されるに至つた。ところで、ILO第八十七号条約は、ILO総会において、採択された国際労働条約であつて、わが国は、世界の大多数の国家と共に、ILOに加盟し、同条約を批准したのである。

しかしながら、ILO第八十七号条約及びこれに関する右各報告は、概して、抽象的弾力的な立言をしているのであつて、これは、ILO憲章第十九条第三項または同憲章の付属書とされている国際労働機関の目的に関する宣言(いわゆるフィラデルフィア宣言)第五項に述べられている根本精神に出たものであり、わが国における社会的、経済的諸事情に適合する具体的措置については、わが国自身の決定するところに委ねられているものと解され、また、右各報告は、一種の行政解釈に属するものである上、専ら、将来の立法政策を示唆するに止まるものであり、これに一応傾聴する必要はあつても、これをもつて、確立された国際法規とはいうことができない。

なお、ILO及びユネスコの合同専門家会議が千九百六十六年二月に決定した「教師の地位に関する勧告」草案によれば、教師が、その任務の遂行を保障されるためには、教師に団結活動及びこれを前提として、勤務条件が決定されることが保障されなければならないとしている(第八、第八十ないし第八十二項)。しかしながら、右事項は、未だ、勧告の草案にすぎず、とうてい、これをもつて、確立された国際法規とはいうことができない。

したがつて、たとえ、わが国の教職員については、その身分保障が条例、規則により、行われていて、国会の議決した法律により、行われてなく、ILOの予想する公務員に該当しないものであり、また、その争議行為禁止の代償としての人事委員会制度が争議権剥奪の代償というためには、不十分なものであるとしても、これをもつて、必ずしも、教職員の争議行為を禁止した地公法第三十七条第一項及びその争議行為の遂行をあおり、またはそそのかす者に対し、刑罰を科する同法第六十一条第四号は、憲法第九十八条第二項に違反するものということはできない。

(二) また、ILO第百五号条約(強制労働の廃止に関する条約)第一条D号によれば、この条約に批准するILOの各加盟国は、同盟罷業に関与したことに対する制裁として、すべての種類の強制労働を禁止し、かつ、これを利用しないことを約束している。しかしながら、他方、ILOは、強制労働委員会の千九百五十七年の強制労働に関する了解事項として、違法なストライキの関与に対しては、刑罰を科することができるとし、また、同条約に関するILOの条約及び勧告の適用に関する専門家委員会の千九百六十二年の暫定的報告を通じ、同条約の適用を除外すべき例外的事項のいくらかを明らかにしているが、いまだ、右条約の適用基準ないし適用除外例について、必ずしも、明確であるとはいえず、しかも、同条約は、わが国において、米国やソ連などと同様、いまだ、批准していないものであり、これをもつて、確立された国際法規とはいうことができない。

したがつて、たとえ、地公法第三十七条第一項、第六十一条第四号による刑罰的制裁を伴う争議行為の一般的禁止は、場合により、同条約に抵触する虞があるとしても、これをもつて、必ずしも、地公法第三十七条第一項、第六十一条第四号は、憲法第九十八条第二項に違反するものということはできない。

第三、教職員が共同して、休暇を請求し、職場を離脱して、措置要求大会に参加し、かつ、その後は、平常授業を行い、本件学力調査の実施を阻止すべきものとされた本件行動(以下「本件統一行動」という。)が地公法第三十七条第一項前段に規定する争議行為に該当しないとの主張について、<略>

第四、被告人らの本件所為が地公法第六十一条第四号に規定する争議行為の遂行を「あおり」または「そそのかす」行為に該当しないとの主張について、

本件統一行動が地公法第三十七条第一項前段に規定する争議行為の遂行に当たることは、すでに説示したとおりであるところ、さらに、被告人及び弁護人らは、被告人らの本件所為が、同法第六十一条第四号の争議行為の遂行をあおりまたはそそのかしたことには該当しない旨主張する。そこで、この点について、順次、検討する。

一、「あおり」または「そそのかす」の概念

「あおる」という概念は、煽動と同義と解されているが、これは、特定の行為を実行させる目的をもつて、文書もしくは図画または言動により、人に対し、その行動を実行する決意を生じさせ、またはすでに生じている決意を助長させるような勢いのある刺戟を与えることを意味すると解するのが相当である(最高裁判所昭和三十七年二月二十一日大法廷判決、最高裁判所刑事判例集第十六巻第二号一〇七頁、破壊活動防止法第四条第二項参照)。また、「そそのかす」という概念は、通常、特定または少数の人を対象とし、ある行為を実行する決意を新たに生じさせるに足りる慫慂行為を意味する(最高裁判所昭和二十九年四月二十七日第三小法廷判決、最高裁判所刑事判例集第八巻第四号五五五頁参照)。そして、そそのかすは、その方法のいかんを問わないが、主として、相手方の理性的な方面に訴える方法によるが、これに対し、あおりは、主として、不特定または多数の人を対象とし、ある行為の実行の決意を生じさせ、または既存の決意を助長させるような勢いのある刺戟を与える行為を意味するから、あおりというには、主として、相手方の感情的な方面に訴える方法によるべきことを意味すると解されるが、一応の区別にすぎず、両者の厳密な区別は、限界的事件については、容易でなく、両者を強いて、区別することは、かえつて、不自然を招くこととなり、むしろ、両者は重り合う概念であると解するのが相当である。あおりを右のように解すると、それは、人に対し、違法行為を実行する決意を生じさせ、またはすでに生じている決意をさらに助長する可能性、危険性のある刺戟すなわち、煽動者の違法行為実行の決意に影響力のある刺戟であり、主として、感情的方面に訴える方法による行為ばかりでなく、主として、理性的方面に訴える方法による行為もまた、これに該当する。

しかして、このように、被煽動者をして、違法行為の実行を決意させるような影響力のある刺戟となるかどうかは、煽動者と被煽動者との関係、被煽動者がその行為の実行について、いかなる意向、態度をとつているかにより、一律に決することはできない。被煽動者が煽動者と比較的関係の薄い者であり、その行為の実行について、極めて、冷静、批判的である場合には、煽動者が被煽動者に違法行為の実行を決意させるためには、その感情に訴える方法により、その興奮、高揚を惹起させるような激越な言動を用いなければ、違法行為実行の決意に影響力のある刺戟を与えたものということはできないかも知れない。しかしながら、すでに、ある違法行為の実行の気運が醸成されている者に対し、その実行を決意させ、またはこれを助長する場合には、必ずしも、その感情を興奮、高揚させるような激越な言動を必要としないと解するのが相当である。特に、その多衆を直接自己の指揮下に動員できる強力な組織の中にあつては、強力な影響力を有する者は、その形式自体において、感情に訴える刺戟となる要素を有しない指令、伝達によつても、容易に多衆をその違法行為の実行に動員できることがあり得るのであり、かかる指令、伝達は、多衆に対し、違法行為の実行を決意するについて、絶大な刺戟となり、煽動行為は、成立するのである。

二、地公法第六十一条第四号の争議行為の遂行を「あおり」または「そそのかし」た者の意義

地公法第六十一条第四号は、何人たるを問わず、同法第三十七条第一項前段に規定する違法な行為をあおりまたはそそのかした者を処罰の対象としている。したがつて、その文理解釈上、かかる違法行為の遂行をあおりまたはそそのかした者は、公務員かどうかを問わず、いかなる者であつても、すべて、同号違反の罪の主体となるといわなければならない。ところで、すでに説示したとおり、憲法第三十一条の趣旨に従うと、刑罰法規は、その内容が合理性をもち、適正なものと認められるように解釈すべきであるから、地公法第六十一条第四号についても、これが憲法第三十一条に違反しないためには、その文理解釈に止まらず、さらに、その規定の合理性と適正性を考究する必要がある。しかして、地公法第三十七条第一項前段に規定する争議行為は、すでに説示したとおり、職員が個別的に行う職場放棄その他これに準ずる行為の集合に止まるものではなく、その行為の態様を問わず、職員の組織する団体の統制のもとに、一定の争議目的をもつて、行われる組織的、集団的行動であるから、実質上、その主体は、職員の団体であり、個々の職員は、その争議行為に参加するという地位に立つのである。かかる観点からすると、職員が争議行為を企画し、団体内の討議、決定に関与すること、また、争議行為について、指令、指示、説得、激励をすること、さらに、争議行為としての職場放棄その他これに準ずる行為をすることは、いずれも、職員の争議行為参加の各態様に外ならない。ただ、争議行為の中心をなすものは、職場放棄その他これに準ずる行為であるから、社会通念上、かかる行為だけを捉えて、争議行為と称する場合が多い。したがつて、地公法第三十七条第一項前段の争議行為も、かかる行為をいうものと解するのが相当であり、以下においても、この意味において、争議行為という言葉を使用する。

ところで、地公法には、争議行為を実行した者を処罰する規定を欠いている。しかして、このように、実行行為を処罰する規定がないのに拘らず、そのあおりまたはそそのかす行為だけを特に独立して、処罰するのには、これを容認すべき相当な合理的理由がなければならない。なぜならば、一般の刑罰体系においては、犯罪の実行行為の既遂を処罰し、その未遂、予備、陰謀などを処罰するのには、犯罪の性質により、その範囲を限定し、また、犯罪が二人以上の関与により、実現される場合、共同正犯、教唆犯、従犯などの共犯を処罰するが、共謀、煽動などを処罰することをも限定している。特に、煽動についてみると、煽動行為を処罰する規定をおく立法においては、実行行為もまた処罰する規定をおくのが通例であつて、実行行為を処罰しないで、煽動を処罰する規定をおく立法は、地公法の外、僅か二、三を数えるにすぎない。さらに、犯罪が実行され、教唆、煽動した者が被教唆、被煽動者と共に、犯罪を実行したときには、教唆、煽動を共同正犯として、処罰することは、従来の刑罰理論からすれば、当然であるところ、地公法においては、争議行為の実行者を処罰しないため、争議行為を教唆、煽動した者は、争議行為が現実に実行されたかどうかを問わず、教唆、煽動行為を行つたという理由だけによつて、処罰されるのである。

そこで、この点についての合理的理由について、検討するのに、地公法第六十一条第四号がこのように、教唆、煽動行為を独立に処罰するゆえんのものは、かかる行為は、争議行為の原動力となり、これを誘発する影響力、危険性のある行為であつて、これにより、争議行為に参加した個々の争議行為実行者の所為とは、全く可罰的評価を異にするからである。すなわち、他人から、煽動された結果、法律により、禁止された争議行為という違法行為を単純に実行した場合、個々の行為者の行為は、全く集団の一因子として、機能しているにすぎず、これを、一つ、一つ、切り離してみると、それは、可罰的価値を有せず、ただ、これらが集合して、集団的違法行為となるとき、大きな反社会的違法行為となるけれども、その集団的違法行為の責任は、その原動力となつて、これを企図、立案、討議して、指令、指示、説得、指導した者にあるのである。そこで、争議行為という組織的、集団的違法行為においては、その原動力となる組織指導者の共謀、教唆、煽動の所為とこれにより、争議行為に参加した個々の争議行為実行者の所為とは、その可罰的評価を異にし、その前者を処罰すれば、右のような集団的、組織的な違法行為の実現を防止するに足り、後者を処罰する必要はないのである。したがつて、争議行為を実行した者を処罰しないのに、その争議行為を教唆、煽動した者を処罰する地公法第六十一条第四号は、十分に、その合理的根拠を有するのである。

三、被告人らの本件行為の地公法第六十一条第四号への該当性

次に、被告人らの甲第二の一の行為、被告人千葉直の甲第二の二の各行為、被告人熊谷晟の甲第二の三の各行為、被告人岩渕臧の甲第二の四の行為が、それぞれ、争議行為の遂行をあおりまたはそそのかす行為に該当するかどうかについて、検討する。

(一) 被告人らの本件指令第六号及び指示第七号の発出伝達及びその趣旨の伝達行為について、

前記甲第一の三に説示したとおり、岩教組においては、昭和三十六年五月十五日から同月十七日までの間、開催された同年度定期大会において、本件学力調査に反対する態度を決定し、さらに、同年九月十八、十九日の両日、開催された第三回中央委員会及び同年十月十日、開催された中央闘争委員会において、本件学力調査が実施されるべき同年十月二十六日に本件統一行動をとることを決定し、この間、各支部、支会、分会においては、各種集会により、本件学力調査及び本件統一行動について、下部討議を経たものである。また、本件各証拠を総合すれば、その的確な数字を把握することは、困難であるが、岩教組の各支部、支会、分会の各役員及び組合員の相当数の者は、同日、本件統一行動を行う決意を有し、ただ、一部には、指令第六号及び指示第七号が発出される段階においても、なお、これらに従うべきかどうかの態度を決定できずに、迷い、本件学力調査実施の間際に立つて、はじめて、これを決定した分会、組合員も存在した。したがつて、本件統一行動においては、組合の最高の決議機関により、その基本方針が決定された上、正当な中央委員会などの手続を経て、指令第六号及び指示第七号が発出されたので、被告人らとしては、組合組織内における正規の手段により、各組合員を本件統一行動に動員しようとしたものであり、また、相当数の組合員は、組合組織内の統制に服従し、本件統一行動に出ようとしたものであることは、否定できない。

ところで、前記甲第一の二に説示したとおり、岩教組における大会、中央委員会、中央闘争委員会が各組合員から、直接、選出される代議員をもつて、構成される決議機関であるから、これらが組合規約に従つて、決議したものは、一応、岩教組という団体の意思とみられるけれども、組合員が選出する代議員は、組合の正常、適正な運営に関する事項について、各組合員の意思を代理、代表する権限を有するのであつて、法律が違法行為として、禁止する争議行為を決定することについても、当然、これを代理、代表する権限があるかどうかは疑問である。また、公務員法上の職員の団体の権限のある機関が決定する指令、指示は、原則として、その構成員である職員に対し、拘束力をもつが、その指令、指示の内容が違法行為を命ずるものであれば、それは、右職員に対し、もはや、拘束力を有しないものと解すべきである。しかるところ、本件指令第六号及び指示第七号は、右に説示したとおり、権限のある機関が決定した指令であるといえるが、その内容は、地公法に違反した争議行為を指令するものであつて、本来、無効であり、組合員に対し、拘束力を有しないものと解される。しかしながら、権限のある機関が決定した指令、指示は、その内容が違法なものであつても、その違法が一見明白なものでない限り、組合員に対し、事実上、拘束力があるような外観をもつものであるところ、本件指令第六号及び指示第七号は、本件統一行動を命ずる内容のものであるが、その違法性の判断は、必ずしも、容易ではなく、一見明白に違法とはいえないものであるから、その趣旨を伝達された組合員をして、これらを通常の適法な指令、指示として、服従する義務があると考えさせるだけの影響力があるものというべきである。

しかして、すでに説示したとおり、煽動行為は、違法行為実行の決意を生じさせ、または、すでに生じている決意を助長させるような勢いのある刺戟を与えることにより、成立するのであるから、実行の決意を新たに生じさせる場合はもとより、すでに生じている決意を助長するためにも行われるのであつて、果して、その決意を生じさせ、または助長する結果を生じたかどうか、また、その結果、被煽動者が実行に出たかどうかは、煽動罪の成否には、消長がないのである。

以上の次第であるから、被告人らの本件指令第六号及び指示第七号の発出伝達及びその趣旨の伝達行為は、組合員の違法行為実行の原動力となり、その実行の決意に影響力のある刺戟を与えるに足りるものであることが明らかであるので、ある組合員に対しては、争議行為実行の決意を生じさせ、また、ある組合員に対しては、すでに生じている決意を助長するような勢いのある刺戟を与える行為であるというべきであるから、地公法第六十一条第四号に規定する争議行為の遂行をあおる行為に該当するものといわなければならない。

なお、被告人及び弁護人らは、本件統一行動は組合員の総意により、実行されたもので、被告人らの煽動行為の結果、実行されたものでないから、煽動行為は成立しない旨主張するが、すでに説示したとおり、被告人らの煽動行為の結果、右実行がなされたのでなければ、煽動行為が成立しないというものではないから、右主張は、理由がない。

また、被告人及び弁護人らは、本件指令第六号及び指示第七号が組合員の総意を基盤としたものであり、その発出当時、すべての組合員が、すでに本件統一行動の実行を決意していたから、被告人らの行為をまたず、本件統一行動は、実行されたもので、そこには、煽動の余地がない旨主張するが、仮にすべての組合員が右当時、本件統一行動に同調し、その実行を決意していたとしても、右指令、指示が組合員の右決意をさらに助長させるような勢いのある刺戟に該当する以上、煽動行為が成立するのであつて、その結果、右決意が助長されて、右実行がなされたかどうかは、煽動罪の成否に消長を来たすものではないから、右主張もまた、理由がない。

次に、被告人及び弁護人らは、本件指令第六号及び指示第七号は、岩教組の昭和三十六年度の定期大会、第三回中央委員会及び昭和三十六年十月十日開催の中央闘争委員会などの決定を執行するため、本件統一行動を指令、指示したにすぎないものであるから、煽動行為は成立しない旨主張し、甲第一の三、第二の一に説示したところによれば、本件指令第六号及び指示第七号は、右大会、中央委員会、中央闘争委員会などの決定の執行として、組合組織内の正規の手続により、同年十月二十六日に、本件統一行動をするように指令、指示したものであると認められる。しかしながら、団体の幹部は、そのような地位にあれば、かかる指令、指示を発出しないこともできる上、さらに、これを本質的にみれば、右定期大会を基点として、これに次ぐ数次の中央委員会、中央闘争委員会の決定は、すべて、右指令、指示を最も時宣に適し、権威のあるものとして、発動するための予備的手続であつて、正当な機関の決議によるものということは、すでに本件統一行動に参加することを決意した者に対しては、さらに、その意気を高揚するものであり、他方、これに反対し、または態度の決定に逡巡する組合員に対しては、その決断を促すのに極めて有効なものであつて、煽動行為の成立する余地は、十分に存在するのである。また、組合組織内における正規の行動や団体の規律をもつて、法律により、禁止された違法行為の実行に利用することは、極めて重大であり、かかる場合、右指令、指示は、組合員に対し、大きな刺戟となり、組織の規律が堅固である程、強大な力となるから、組合員をして本件統一行動の実行を決意させ、または、その決意を助長させるような勢いのある刺戟となるのである。したがつて、右主張もまた、理由がない。

さらに、被告人及び弁護人らは、本件指令第六号及び指示第七号が組合員を律するのは、組合員の自律によるのであつて、特に刺戟的内容を含むことによるのではないから、煽動行為は成立しない旨主張し、甲第一の三、第二の一に説示したところによれば、右指令、指示は、その表現方法において、特に刺戟的であるとは認められない。しかしながら、右指令、指示がすでに述べたように、違法行為実行の決意に影響力のある刺戟を与えるものである以上、その内容に特に組合員の感情を興奮、高揚させるような刺戟的文言、言辞を必要としないで、煽動行為は成立するのである。殊に、岩教組組合員のすべてが学校の教職員であつて、一般の労働者に比し、教養も高度であるから、必ずしも、激越で、直截な表現を用いることを必要としないのである。したがつて、右主張もまた、理由がない。

加うるに、被告人及び弁護人らは、労働組合における団体行動は労働組合の民主的運営により、なされるのであつて、争議行為も労働者の組織的団体による統一的行動であつて、その団体の少数幹部の独断的意思により、誘発されるものでないから、集団犯とは類型的に無関係である旨主張するところ、岩教組における組合運営が民主的になされず、また、本件統一行動が被告人等少数幹部の独断的意思により誘発されたことを認めるに足りる資料はなく、すでに説示したとおり、本件統一行動については、一応、組合員の意思を把握するのに必要な手続がふまれ、組合員の相当数の者がこれに同調していたことは、否定できない。したがつて、群衆犯における指導者と本件被告人ら岩教組幹部とは、同一視することができない。しかしながら、法律により、禁止された違法行為の遂行を労働組合の民主的運営により、なすことは、もとより、許容されないところであり、違法な行為の実行を組合組織の中で民主的に決定することにより、本来、違法な行為が適法な行為となるものではなく、法律は、この違法行為の共謀、教唆、煽動など違法行為を誘発、助長する虞のある行為一切を処罰することにより、その実現を防止しようとしているのである。したがつて、右指令、指示発出までの諸決定が組合の民主的運営により、なされたということにより、犯罪の成否に消長を来たすものではないから、右主張もまた理由がない。

(二) 被告人千葉直、同熊谷晟、同岩渕臧の本件指令第六号及び指示第七号の発出伝達及びその趣旨の伝達行為を除くその余の行為について、

被告人千葉直の前記甲第二の二の各行為、被告人熊谷晟の甲第二の三の各行為、被告人岩渕臧の甲第二の四の行為は、右各事実の認定に供した各証拠によれば、岩教組本部役員によるオルグとして、なされた言動であるが、これは、本件指令第六号及び指示第七号による本件統一行動への組合員の動員と一連の不可分の行為であり、主として、闘争意識が低調で、本件統一行動に消極的、批判的であり、その態度決定に迷つていた組合員である中学校長に対し、組合の方針に従い、協力し、一致して、本件統一行動に参加するように説得したものであり、その表現方法において、特に刺戟的であるとは認められないが、昭和三十六年十月二十六日の本件統一行動当日またはこれを直前に控えた日時において、行われた同被告人らの訪問自体において、これを受けた組合員にとつて、一種の刺戟とさえなるのであり、同被告人らの発言は、これを受けた組合員の態度、意思決定をする上に、大きな影響力をもつ刺戟となるのである。したがつて、同被告人らの右各行為は、右(一)にみた理由と同じ理由により、組合員の違法行為の原動力となり、その実行の決意に影響力のある刺戟を与えるに足りるものであることが明らかである。

以上の次第であるから、右被告人らの言動は、いずれも、組合員に対し、争議行為実行の決意を生じさせ、あるいはこれを助長させるような勢いのある刺戟を与える行為であり、または争議行為実行の決意を新たに生じさせるに足りる慫慂行為であるというべきであるから、地公法第六十一条第四号に規定する争議行為の遂行をあおりまたはそそのかす行為に該当するものといわなければならない。

第五、被告人らの本件所為が超法規的違法性阻却事由に該当し、刑法上正当な行為であるとの主張について、<略>

第六、道路交通法(以下「道交法」という。)第七十六条第四項第二号、第百二十条第一項第九号の各規定が憲法第三十一条に違反するとの主張について、<略>

戍、法令の適用及び情状

第一、法令の適用

被告人らの判示所為中、甲第二の一の地公法違反の点は包括一罪として、同法第六十一条第四号、第三十七条第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項、刑法第六十条に、甲第二の二ないし四の各地公法違反の点は同法第六十一条第四号、第三十七条第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項に、甲第二の五の道路交通法違反の点は同法第百二十条第一項第九号、第七十六条第四項第二号、罰金等臨時措置法第二条第一項、刑法第六十条に各該当するので、その所定刑中、判示甲第二の一ないし四の各罪については、いずれも、懲役刑を選択し、被告人小川仁一、同千葉樹寿、同佐藤啓二については、判示甲第二の一の罪の所定刑期の範囲内で、被告人千葉直の判示甲第二の一、二の各所為、被告人熊谷晟の判示甲第二の一、三の各所為、被告人岩渕臧の判示甲第二の一、四の各所為は、右各被告人について、それぞれ、刑法第四十五条前段の併合罪であるから、いずれも、同法第四十七条本文、第十条により、それぞれ、犯情の最も重いと認められる判示甲第二の一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人柏朔司の判示甲第二の一、五の各所為は、同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十八条第一項により、前者の懲役と後者の罰金とを併科することとし、右各罪の所定刑期及び罰金額の範囲内で、被告人らを、それぞれ主文第一項掲記のとおりの刑に処し、後記情状を考慮し、同法第二十五条第一項により、被告人らに対し、本裁判確定の日から、二年間、右懲役刑の執行を猶予し、被告人柏朔司において、右罰金を完納することができないときは、同法第十八条により、金五百円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置し、なお、訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文、第百八十二条を適用して、その全部を被告人らの連帯負担とする。

第二、情状

一、本件学力調査の必要性について、

被告人及び弁護人らは、前記丁第一の二に説示したとおり、本件学力調査の違法性だけでなく、その不当性をも強調するが、前記甲第一の一に説示したとおりの本件学力調査の目的に照らせば、教育の条件整備を行うことを、その任務とされている文部省が右条件整備を行うことを前提として、右のような学力調査を行うことは、必要であり、殊にわが国における義務教育の重要性を考えるときは、その必要性は、とうてい、否定し去るわけには行かない。現に、英、米などの各国においても、その内容、方式は異なるにせよ、児童、生徒に対する学力調査が行われているのである。

もつとも、被告人及び弁護人らが指摘するように、本件学力調査には、多くの問題を包含し、ひいては、その実施により、種々の弊害を伴うことを否定できない面もあろう。しかしながら、今日の社会に現存する各種の制度で、弊害を伴わないものはないのであつて、このために、必要なものの存在を全く否定し去るわけには行かないのであつて、かかる弊害を可能な限り、排除する方途を講じながら、その価値のある面を生かして、行かなければならない。したがつて、本件当時における問題は、むしろ、教職員が本件学力調査の問題点を解明し、その実施による弊害、危険を防止し、または、少くするために、努力することにあつたと考えなければならない。

二、岩教組の態度について、

しかるに、前記甲第一、第二の各事実の認定に供した各証拠を総合すれば、岩教組は、右のような努力を、まず、尽くすことをせず、本件学力調査を反動文教政策の一環として、比較的早期から、これに絶対反対の態度を決め、その実施を阻止する態勢をとつていた。このため、岩教組は、すでに、その実施の態度をとつていた県教委とその内容に立ち入つて、協議し、これを合理的なものにすることについて、真面目に努力することなく、その闘争方針に従つて、団体交渉を通じて、自己の意思を貫徹しようとし、さらには、法に違反して、争議行為という実力行使に訴えて、その実施を阻止しようとしたのであり、これは、第三者にとつては、むしろ、奇異であり、当裁判所としても、岩教組のため、遺憾とするところである。もとより、本件学力調査の実施に反対することと反対のため、法により、禁止された争議行為に出ることとは、厳に、区別する必要がある。その実施に反対であつても、あくまで、民主主義の法則に則つて、その実施の改廃に努力すべきであり、法による禁止を侵すことは、絶対に避けなければならないところである。これは、今日の公立小、中学校における教職員の地位が法により、賦与されており、教職員としての行動もまた、法の許容する範囲に止まらなければならないことに徴し、明白なことといわなければならない。

また、今日に至つて、回顧すれば、岩教組が右のような考え方をとつたことについては、自己だけが一方的、全面的に正当であつたかのような頑くなな点があつたことも看取される。すなわち、本件各証拠によれば、本件学力調査に関する一般の関心が高まるにつれて、組合の内外、殊に識者、父母大衆からも、岩教組の右のような考え方に同調する意見が出されたと共に、これに批判的ないし反対的意見も現われるに至つたのに、これら批判的ないし反対的意見をきき、謙虚に反省する態度に出たことは、ほとんどなく、むしろ、これを素朴な意見として、無視し、父母大衆に対しても、専ら、自己の考え方を強調し、これらを啓蒙ないし情宣活動の対象としてだけ、取り扱つていたとさえ、みられる面があつた。かかる態度は、教職員が全体の奉仕者であること(教基法第六条第二項参照)の本質に背反し、何らかの偏向に捉われていたとの非難を免れることができず、ひいては、民主教育の理念に反するものである。

さらに、右にみたように、岩教組は、本件学力調査阻止闘争の主要な目標の一つとして、反動文教政策の阻止という人により、種々、見解の分れる政治的な事項を掲げ、合法的な手段を尽くすことなく、法を無視し、あえて、本件統一行動という実力行使の挙に出たことは、教育の政治的中立性の精神に背反するものである。すなわち、教育の中立性は、外部からの不当な影響力に対し、防衛されるべきことを意味すると共に、他面、教職員の良識として、外部に対し、その分を越えた影響力を与えることを抑制することでもなければならず、これは、今日、公立小、中学校の教職員がわが国社会、殊に、その地域社会において、事実上、有する極めて大きな社会的影響力を考慮すれば、厳に要請されているものというべきであり、これに違背する者は、強い非難を免れることができないのである。

以上のように、本件統一行動は、法の禁止を犯すものであり、しかも、本件各証拠を総合すれば、これにより、岩手県下の公立中学校三百二十八校中二百六十七校において、本件学力調査の実施が不能となり、その実施阻止率は、八十一・四パーセント強という全国最高率を示し、県下教育界始つて以来の大混乱を招き、その結果、社会一般から、教職員に寄せられていた信頼を傷つけ、児童、生徒に与えた精神的影響も大きいと考えられ、まことに、遺憾なことであつた。そして、これは、根本的には、本件学力調査反対闘争に参加した個々の組合員の責任に帰すべき問題でもあるが、特に、当時、岩教組の執行部を構成し、右闘争を企画、立案して、推進した被告人らの重大な責任に帰すべきものであることは、明らかである。

三、県教委の態度について、

他方、本件各証拠を総合すれば、県教委の本件学力調査実施の態度にも一方的な点がないでもなかつた。すなわち、県教委は、右実施の態度を決定して以来、本件学力調査には、決して、問題がないわけではないので、岩教組の問題点の追及に対しては、十分、検討の上、これを解明すべき必要があつたのに、これら問題点について、必ずしも、周到な配慮を施すことなく、一方的に、これを実施しようとした形跡さえ、窺われる。このことが県教委と岩教組の本件学力調査の内容についての立ち入つた話合いを避けさせる一因ともなつたことを否定できないように思料される。

四、以上にみた諸事情及び被告人らの岩教組における地位、本件統一行動に対する役割、影響力その他諸般の事情を斟酌し、前記のように、量定処断する次第である。

よつて、主文のとおり、判決する。

(菅家要 佐藤栄一 玉川敏夫)

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